先日、「中国語、韓国語の翻訳者が欲しい」と大手の翻訳会社から連絡が入った。しかも「産業翻訳レベルの翻訳ができる中国語、韓国語の翻訳者が欲しい」という。留学生や学生レベルの翻訳ではなく「商品としてクライアントが納得するレベル」の翻訳者が欲しいと。
一方、中国語の通訳翻訳サービスを扱っている個人事務所から広告掲載をしたいという話があった。個人事務所の代表に聞くと「最近、取引先から中国語の通訳翻訳依頼が増えているので、この機会に法人化して儲けたいという」。話し込んでいるうちに取引相手を何気なく聞いてみると、世界的に知られている東証一部上場の大企業だという。
十年以上も前になろうか「英語の次は中国語だ」などとしきりに言われていた頃があった。当時、学生だったわたしも教師から「これからは中国語の時代だ」と聞いた。教師は学生達に「第二外国語は中国語がオススメ」と親切にもアドバイスしていたのを今でもおぼえている。
当時の経済情勢を考えてみると、世論は「中国語の時代」になるかもしれないと考える理由があった。アメリカは湾岸戦争に勝ったもののアメリカ国内経済はガタガタ、イギリスもメージャー政権のもと経済は停滞。唯一、改革・開放政策のもと経済成長を遂げいてた中国の破竹の勢いにマスコミ各社や一部のインテリ層が「英語の次は中国語だ」と叫んだのも理解できる。
あのままアメリカ・イギリスの経済停滞が続き「没落」していたなら日本における英語万能主義は衰え、「中国語の時代」が到来していたかもしれない。しかしながらアメリカをはじめとする英語経済圏は金融工学と情報通信技術という「うまい」金儲けの仕組みを活用して経済を劇的に回復させた。しかも金融工学と情報通信技術は日本における新たな通訳翻訳需要を生み出すことに貢献した。
金融工学を使って儲けた米国証券会社の次なるターゲットは日本だった。当時、橋本政権下にあった日本では日本版金融ビックバンを段階的に実施し「金融のグローバル化」を進めるため外資系証券会社の日本進出を後押した。証券業や銀行業を筆頭に、流通やサービス分野の外資企業もぞくぞく日本進出を遂げ、要人通訳や社内通訳の人員が大量に必要となった。
ところがITバブルの崩壊によって外資系企業は日本から全面撤退や大幅な業務縮小に追い込まれた。外資系企業の全面撤退や業務縮小によって要人通訳や社内通訳という通訳人員も必要となくなりITバブルによる通訳需要はバブル崩壊とともに終焉した。
アメリカ発の情報通信技術はソフトウェアや情報通信機器のマニュアル翻訳、ローカライズ需要を生み出し、いわゆる「IT翻訳」という翻訳カテゴリーを作り上げた。海外の大手翻訳会社が日本に上陸するなど「IT翻訳」の金脈をめぐって世界各国の翻訳者、翻訳会社が日本のお宝探しに参加した。
「IT翻訳」分野はITバブル崩壊まで「大いに成長が見込める有望翻訳分野」だと言われた。そのため、大企業を脱サラした会社員、PCいじりの好きなマニア、エンジニアからの転職組、会社に勤めながら副業として行うサイドビジネス組など、このIT翻訳ビジネスにどっと参入した。
成長が見込まれるという期待のもと日本でも「IT翻訳」を専門にする翻訳会社が設立され、インターネットとウェブサイトを積極的に活用し独特な人材採用や営業活動を展開した。だが、ITバブル崩壊の影響をモロに受け、「IT翻訳」を目玉サービスにした翻訳会社のウェブサイトは閉鎖、日本のお宝を探しにはるばる海を越えて進出してきた外資系翻訳会社も吸収・合併されるなど「IT翻訳」をめぐる環境は急変している。
ITバブル崩壊で「英語」の通訳翻訳需要が沈静化しているのとは逆に活気づいているのが、冒頭でも紹介した中国語、韓国語の通訳翻訳需要だ。中国語の通訳翻訳需要が活気づく背景には中国の世界貿易機関(WTO)加盟がある。2001年12月11日、143番目の加盟国としてWTOに正式加盟した中国は、WTO加盟条件として貿易の自由化、サービス市場の開放を国際公約した。
一方、韓国は1999年6月に輸入品目多角化制度を廃止し日本への輸入規制を撤廃。2000年6月には第3次日本大衆文化開放措置を実施し、さらなる日本文化解禁策を推し進め、2002年のワールドカップ日韓共同開催を実現した。事実上、1998年まで日本文化禁止政策をとっていた韓国政府は政策転換し、2001年にトヨタ自動車、2003年3月にはホンダなど日本企業の韓国誘致に動きだしている。
以上、中国語と韓国語の通訳翻訳需要が伸びている経済事情を探ってみたが、日本との経済的結びつきが深まるにつれて中国語と韓国語の通訳翻訳需要がますます増えるだろう。中国、韓国の政策転換に加えて、日本でも中国、韓国からの訪日観光旅行者を積極的に呼び込む方針を打ち出していることから、観光産業に付帯した通訳翻訳需要も増えるだろう。
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