情報通信技術の進歩は恐ろしいものだ。数年前まで数億円していたスーパコンピュータ。その演算処理能力を持つパソコンが10万円もしないで手に入る。コンピュータの頭脳(CPU)は数ヶ月単位で向上している。人工知能(AI)を最終地点とした研究開発に巨額の資金と世界の頭脳が投入されている。
コンピュータの最も得意とするのは「計算」である。計算能力だけをいえば人間の持つ計算能力よりも優れている。数年前まで数億円したスーパコンピュータの演算処理能力で何をやっていたのか?
それは「データの解析」だった。数億パターンの気象データから様々な予測を立てること、地殻変動といった多種多様な要因を数値化し計算すること、衛星の軌道周回計算といった「データの解析」。
そこで翻訳という分野において「機械翻訳」なるものがある。「機械翻訳ソフトウェアが人間にとってかわることはない」と思いたい人は多い。いまのところ翻訳ソフトウェアが熟練翻訳者の能力を超えていない。だが、すでに機械翻訳ソフトウェアが人間にとってかわって翻訳を行っている。
検索エンジンサイトなどが提供する無料機械翻訳サービスの翻訳精度は機械翻訳ソフトウェアと同じ水準に達し多くのインターネットユーザーが利用している。人間の持つ能力には「無限の可能性」があるが、残念ならが生物学的な「死」を迎えなければならない。どんなにすぐれた能力や知性を持っていたとしても、それをそっくり持ち続けることはできない。
だが機械翻訳ソフトウェアに代表されるコンピュータは「電力」がある限り存在することができ、人間の改良によって成長し存在し続けることができる。日々、機械翻訳ソフトウェアには改良と改善が加えられる。24時間休まず、眠らず、文句もいわず働く機械翻訳ソフトウェアは改良され成長しつづける。忘却、病気、定年もなく死もない。
人間がいっぱしの翻訳者になるのに10年以上といわる。人間が10年間、毎日8時間働いたとして29200時間の「修行」期間でとりあえず翻訳者なれるとするならば、24時間休まず、眠らず働く機械翻訳ソフトウェアは3.3年で「修行」期間を終える。
コンピュータの演算処理能力の向上スピードを考慮しても5年後には熟練翻訳者をも凌ぐ翻訳能力を持つ機械翻訳ソフトウェアが出現する。しかも大量生産できる機械翻訳ソフトウェアの価格は数万円もしない。
これからの3年、銀行業界や鉄鋼業界と同じように翻訳会社の倒産、合併・再編が進むだろう。多くの翻訳会社はグローバル企業化した多国籍翻訳会社の価格競争に負け市場から排除される。資本力のある企業のみが生き残り「翻訳会社」から「翻訳ソフトウェア開発会社」に転換していく。
「翻訳ソフトウェア開発会社」になった翻訳会社は多くの翻訳者の頭脳と知識を使って機械翻訳ソフトウェアに改良を加え、5年後には熟練翻訳者をも凌ぐ翻訳能力を持つ機械翻訳ソフトウェアを出現させ販売するだろう。改良が続られたのちに人間の翻訳者を超えた能力を持ったアプリケーションも登場するだろう。おそらくそこには「翻訳ソフトウェア開発会社」というのもない。
10年から20年もすれば翻訳アプリケーションは「いまの翻訳会社」を完全に駆逐し得る能力とパフォーマンスを発揮する。「膨大な量の翻訳」、「複数の言語への翻訳」といった翻訳業務は翻訳アプリケーションの能力とパフォーマンスで十分だろう。もっとハイレベルの翻訳アプリケーションはインターネットを介した時間貸しアプリケーションサービスとなっているだろう。
音声認識ソフトウェアと翻訳アプリケーションをあわせた同時通訳のベータ版もでき通訳者の立場も危うくなっているかもしれない。おそらく翻訳者は言語学的な「芸術性」や「創造性」を追求する職業になるのかもしれない。10年から20年もすれば「いまの翻訳会社」はなくなり、翻訳という仕事の大部分はコンピュータに置き換わるだろう。
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