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■「翻訳書は誰のためにあるのか」-2002/09/29
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 出版翻訳は翻訳版権ビジネスという側面を持つ。そのため豊富な資金力を持つ数社の大手出版社が大きなマーケットシェアを握り、資金力のない個人翻訳家や小さな出版社が入り込める余地は限られている。大半の翻訳家は大手出版社経由で翻訳を任され、原書の翻訳に取り組む。

 大手出版社の支配体制のもと「本が売れない」、「本を読む人間が減った」、「翻訳の質が悪いのに売れる」、「出版社の待遇がわるい」、「出版翻訳だけで生活なんぞできない」、「読者は翻訳の質がわかるのか」と業界人の不満が続く。だが、いくらグチをこぼしたところで何も変わらない。

 出版翻訳は大金をかけたビックビジネスだ。出版社側に出版リスクを負わせておきながら、「もらい」が少ないと嘆く翻訳者。みっともない。このような翻訳者は出版社や読者のおかげで翻訳ができるのだという「感謝」の心を忘れている。読者があっての翻訳ではないか。

 株式投資の世界にはハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンという言葉がある。ハイリターンを望むならハイリスクを選択し、リスクを冒したくなければ、それなりのリターンで我慢しろという。

 出版社側からの「もらい」が少ないと嘆く翻訳者に翻訳版権交渉、翻訳、出版、広告宣伝するだけの熱意と意思があるのか。失敗した時の覚悟ができるのか。リスクに挑戦せず、失敗の覚悟もせず、ただ出版社や読者のグチだけを並べて行動しない翻訳者に成功や奇跡は起こらない。

 出版翻訳というのは翻訳業界の中で目立った存在だ。翻訳した翻訳書がヒットすれば、たちまち翻訳家に億単位の印税が転がり込む。一方で全く売れない「よみ外れ」の翻訳本もゴロゴロある。それだけに翻訳家は何のために異国の本を翻訳するのか。翻訳家にとって原書の著者とは何なのか。翻訳家にとって読者とは何なのか。はっきりさせておくべきだろう。

 一般読者は「誰が」翻訳したのかなんて気にかけない、細かい言葉の言い回しなんて問題にしない。読者は素直だ。心を動かされない本は「買わない」。曇った心で翻訳された翻訳本が読者の心を掴んだり、感動させたり、涙させたり、勇気をあたえることはない。曇った心で翻訳された翻訳本は決まって眠たくなる。そんな翻訳本は宿題でもないかぎり読まないし、金を出して買わない。

 読者は日本語という文字を追いかけているのではない、文字に表現された著者の心を読んでいるのだ。たとえ言語表現が幼稚な翻訳書であろうと心に響くものがあれば、読者は感動する。逆に流れるような美しい日本語でも心に響くものがなければ、読者は感動しない。

 原書著者がどのような思いで一冊を書き上げたのか、原書著者は何のために書いたのか、原書著者は何を読者に問いかけているのかを考えない翻訳本が多すぎるのではないか。おまけに読者の心も考えない翻訳本など売れるハズがない。翻訳者は何のために翻訳するのか。翻訳者本人がわからなくなっているのではないか。

 原書著者の心、読者の心を無視したまま「良い翻訳、悪い翻訳」をいくら議論しても不毛だ。そんな翻訳品質規格など読者は求めてない。翻訳者の使命は何なのか、翻訳者の社会的存在価値は何なのかを考えず、ただ大手出版社という大企業にぶらさがる翻訳者。そんな翻訳者が「よみ外れ」の翻訳本を生む。
 
 ここで一人の翻訳家を紹介したい。1999年の冬、とびっきり話題になった翻訳書が一冊あった。それは英国の児童書を翻訳したもので、英国本土で大ヒットした翻訳書だった。版権エージェンシー、大手出版社はヒット本を見逃さない。あの手この手を使って版権交渉を繰り広げただろう。でもこの本の翻訳版権は大手出版社に落ちなかった。

 版権を獲得したのは小さな小さな赤字出版社、しかも無名の翻訳者兼出版社社長だった。驚くことに彼女にはまだ翻訳経験も出版経験もなかったという。なぜそんな賭けを原書著者がしたのか。それは原書著者の心を彼女が掴んだからだ。だから原書著者は彼女に日本語訳と出版を任せたのだろう。

 たとえ外国でヒットしたからといって日本でヒットするわけではない。むしろ「売れない」のが常識となっているなか、原書著者の思いを背負い、翻訳者として、出版社社長として、彼女はハイリスクに挑戦した。彼女の心が原書著者の心と読者の心をひとつに結びつけ、翻訳書を読む人に感動をもたらした。だから売れた。

 すでに1000万部を超える空前の大ヒット。彼女はテレビインタビューで「失敗したら尼寺にいく」つもりだったと告白している。自ら背水の陣をひき、リスクに果敢に挑戦する人。それは一流のビジネスパーソンに共通する。彼女は一流のビジネスパーソンだ。そして一流の翻訳家だ。

 リスクに挑戦する翻訳家が増えれば、この出版翻訳業界はもっともっと活性化するはずだ。翻訳家の挑戦が読者の心を豊かにする。もっと本を読むようになる。翻訳家は大手出版社などにいつまでもぶら下がっていないで早く卒業すべきだ。翻訳家は自ら出版社を立ちあげ、異国の原書著者の心を多くの読者に伝えるべきだろう。

 読者は翻訳家の熱意と意思、原書著者の心がわかる。だから、挑戦してほしい。そして異国の原書著者の思いを伝えてほしい。読者は素直だ。必ずその熱意と意思に答える。読者はワクワクする本、ドキドキする本、心を揺さぶられる本に出会うのをいつも待っている。そのことを忘れないでほしい。

 私は一般読者として、またこの業界に関わる者として異国の文学、経済、技術、そのほかもろもろのすばらしい翻訳書を生み出す翻訳家、出版編集者、出版社、その他出版翻訳に携わる諸先輩方の献身に深く感謝する。

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平岩 大樹(ひらいわ たいき)

 1998年10月、通訳翻訳館の前身となった求人求職マッチングサイト「個人翻訳通訳館」ウェブサイトを立ち上げる。2000年に同サイトを通訳翻訳館に名称変更し「通訳」と「翻訳」に特化した求人求職マッチングサイトを開設。現在、通訳翻訳分野における「求人と求職のミスマッチ解消」を使命とし通訳翻訳館を運営している。




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