未熟な翻訳者やインチキ翻訳者が三流翻訳書を大量生産している。三流翻訳書の生産者たちは、彼らの「仕事」をやりとげたつもりでいる。だが、三流翻訳書を読まされる読者にはたまったものではない。
混沌とした社会に生きる者にとって、信頼できる翻訳家を見みつけられなければ、その損失は甚大だ。ビジネスで、家庭生活で、こどもの教育で、そのほかもろもろの分野で、信頼できる翻訳家の翻訳書は、読者の心の支えとなる。信頼できる翻訳家の翻訳書は、読者の人生を変えることすらある。
一流の翻訳家は原著者が体験した教訓、英知、発見から学び、翻訳書として読者に伝える。それができるから一流なのだ。未熟な翻訳者やインチキ翻訳者は意味不明の日本語を使って読者を混乱させ、原著者が体験した教訓、英知、発見を読者に伝えることができない。
三流翻訳書を大量に生産している人たちは読者を「バカ」だと思っている。歴史に残る名作、偉人たちが書き残した数々の名著を三流翻訳書にして読者に読めという。「傲慢」としかいいようがない。本人たちは自分たちの態度、姿勢が三流翻訳書を生むことになっていることすらわかっていない。
原著者のこころも知らず、読者のこころも知らず、翻訳書が売れないのは景気が悪いから、読者がバカだから、原書がわるいから、図書館がタダで貸すから、良書がないから、とすべて他人のせいだ。
翻訳書から学び、翻訳書を糧として成長したい人は、翻訳に情熱を注ぎ、翻訳に人生をかけ、翻訳に魂をこめる翻訳家をみつけなければならない。未熟な翻訳者やインチキ翻訳者の三流翻訳書にふりまわされている暇などない。
さいわい、アマゾンドットコムのようなオンライン書店の発達によって出版翻訳家の翻訳作品リストは瞬時にわかるようになった。アマゾンで翻訳者名を検索すれば、その翻訳者が何冊の翻訳書を手がけたのか、いままでの翻訳作品は読者から支持されているのか、どの分野に強みを持っているのかがわかる。
例えば、翻訳家の山岡洋一をアマゾンで検索してみると、47冊の翻訳作品リストがでてくる。売れている翻訳書は1995年に出版されたジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー』で、47冊の翻訳作品リストをみていけば金融、経営、経済、国際政治を強みとしている翻訳家であることがわかる。
同じように翻訳家の高遠裕子を検索すると、12冊の翻訳作品リストがでてくる。売れている翻訳書は2003年12月に出版されたジョン・P・コッター『ジョン・コッターの企業変革ノート』で、12冊の翻訳作品リストをみていくと経営、経済を強みとしている翻訳家であることがわかる。
このようにオンライン書店を活用すれば、翻訳者が手がけた翻訳作品リストだけでなく、過去の翻訳作品が売れているのか、取り扱い停止や廃刊になった翻訳書は何冊あるのか、強みとしている分野は何なのかがわかる。
未熟な翻訳者やインチキ翻訳者の場合、過去の翻訳作品リストがない。強みとする分野もなく「一発屋」ばかりだ。たとえ翻訳作品リストが表示されたとしても「取り扱い停止」や「廃刊」にされており、継続して翻訳書を出している形跡がない。
アマゾンには読書感想を書き込めるカスタマーレビューがある。書き込んでいるのは一般読者だが、100冊以上のレビューを書き込んでいる人、翻訳のひどさに怒りをぶつける人、特定分野の翻訳書を何十冊と読み込んでいる人がいる。
信頼できる翻訳家の翻訳作品リストはそのまま良書リストとなる。信頼できる翻訳家の翻訳書がわかれば、その翻訳書にレビューを書き込み、高い評価をつける読書家もみつけることができる。
質の高い翻訳書を読み、見分ける目を持つ読書家。彼らが書き残したレビューを読んでいけば、信頼できる翻訳家は誰なのか、信頼できないインチキ翻訳者はだれなのか、それがわかる。
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