通訳翻訳業界を専門に扱う業界誌が廃刊になったり、縮小の道をたどっている。いったい何が起こっているのだろうか。通訳翻訳館サイトを運営していて、みえてきたもの、感じたこと、学んだことをまとめてみたい。
業界誌を含む出版ビジネスの現状は非常によくない。大手出版社がそろって赤字を計上するなど、実際に本や雑誌が売れないのである。焦った出版社は出版マーケットに中身の薄い本や出版ラインを増やしただけの商品を大量投入している。しかし、数を売って利益を確保する販売作戦はあまり機能していない。
出版社の息のかかった評論家たちは、ここ数年「インターネットによる本離れ」、「漫画や携帯電話への消費シフト」などとピントのはずれた論評を展開してきた。最近になって、一部のメディアから「本離れは起こっていなかった」と主張されるにいたり、消費者は本を買わなくなっただけで読書量は変わっていないことがわかりはじめた。
長引くデフレ経済のもと経済不安、生活不安が高まるなかでお金を使わなくても本が手軽に借りられるなら、だれでもそうする。公共図書館や大学図書館のIT化が進みインターネットによる資料予約、蔵書資料検索、メールによる貸し出し連絡など図書館の利便性が飛躍的に高まっている。
高度な専門書から新書まで、インターネットを使って貸し出し予約できる公共図書館のIT化には目を見張るものがある。東京の練馬区では、区内全域に散らばった11の区立図書館が蔵書データベースをネットワーク化し、インターネットで蔵書資料検索や貸し出し予約ができる環境を整備した。
練馬区のような区立図書館のIT化は、2001年1月に日本政府が掲げた国家戦略「e−japan重点計画」により実施されている。「2005年に世界最先端のIT国家となる」という国家ビジョンのもと、「ITを経済・社会のあらゆる局面に効果的に利活用し、国際社会の中で、豊かな国民生活や事業活動ができる」ようになるためのほんの小さな一歩だ。
インターネットを使って手軽に本の貸し出し予約ができるようになった区立図書館は、実に便利である。どんな書籍に人気があるのか、どれだけ待てば自分の番に回ってくるのかがすぐにわかる。人気図書は数十冊単位で用意されてはいるものの予約者が圧倒的に多いため数ヶ月以上も待たねばならないほどだ。
たとえば、練馬区の区立図書館データベースにアクセスしてみると桐野夏生の『グロテスク』は所蔵数28冊に対して予約者数が600名。養老孟司の『バカの壁』は所蔵数35冊に対して予約者数が500名。J.K.ローリングの『ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上』は所蔵数63冊に対して予約者数が350名となっている。
人気図書に予約を入れたとしても半年以上は待たねばならない。だが、専門書やあまり注目されない良書などは簡単に借りることができる。予約のタイミングがよければ翌日の夕方に借りることも可能だ。図書館で専門書や良書が手軽に読めるようになると、週刊や月刊で発売される雑誌にも大きな影響を与える。
大手出版社のように優秀な編集スタッフや記者を使っても雑誌は売れない。そのため、よく知られた週刊誌や月刊誌がバタバタと廃刊に追い込まれ消えていった。なぜ多くの週刊誌や月刊誌が消えていったのか、それは売れないからだ。読者の興味を広げ、興奮させ、感動させることがなくなったから読者は買わなくなった。ただそれだけのことなのだ。
専門書や良書は手軽に図書館で借りられる。インターネット上に公開されている業界のオピニオンリーダーや専門家のウェブサイトにも簡単にアクセスできる。無料のメールマガジンで多種多様な主張や意見をタダで読むこともできる。そうすべてタダだ。
読者はバカではない。興味を広げ、興奮させ、感動させることのなくなった週刊誌や月刊誌に大切なお金など払わない。消えていった週刊誌や月刊誌になくなったものは「情熱」だ。読者にゴマスリするような記事や特集など読みたくもない。そんなもの読者は求めていない。
だから良書は図書館で人気を集める。業界のオピニオンリーダーや専門家のウェブサイト、無料で発行されているメールマガジンにも読者は集まる。読者が求めているのは「情熱」だ。「情熱」のないものは無料でも読まれない。時間がもったいないからだ。
それでは、通訳翻訳業界を専門に扱う業界誌はどうだろう。読者の興味を広げ、興奮させ、感動させることができただろうか。それも継続してだ。たしかに読者の興味を広げ、興奮させ、感動させることもあった。
だが、締切に追われるあまり、誰のために、何を実現するために、そして何に対して「情熱」をたたきつけているのか読者にはわからなくなった。当然、読者はバカではない。読者は興味を広げ、興奮させ、感動させることのなくなったものに大切なお金は払わない。その結果、通訳翻訳業界を専門に扱う業界誌は廃刊や縮小の道をたどっている。
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